保険通販ナビ管理人のコラム (このコラムは専門家向けの内容です)

低解約返戻金型の生命保険等に関する考察

2011/05/12
by 保険通販ナビ管理人
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■ まえがき
生命保険業界では、1990年代の終わり頃から、中途解約する保険契約者の数をあらかじめ想定し、実際に保険契約者が解約したときに本来支払うべき解約返戻金の一部または全額を支払わないことして、その分保険料を割安に設定するという「低解約返戻金型」の保険商品が販売され始め、その仕組みを取り入れて登場した商品の中には顧客の支持を得てヒット商品となった保険もいくつかあります。

「保険は保障のために加入するものであり貯蓄性を求めるものではない」というな商品観を持つ消費者がいたとすれば、解約返戻金の一部または全部を放棄してその代わり割安な保険料を選択することは、道理にかなったものと捉えられてきたのかもしれません。

しかしながら、筆者は、「低解約返戻金型」の保険が当局の認可を得て、特段の批判も無く市場に浸透していく状況に少なからず違和感を持っていました。生命保険会社は金融機関であり、顧客から集めた資金を社会に再投資してその利益を顧客に還元することが金融機関の本来の役割であり、「低解約返戻金型」の仕組みは、その役割を果たすことに貢献しないことがその理由です。以下に「低解約返戻金型」の疑問点や利点などあらためてまとめてみます。


■ 低解約返戻金型の保険とは
死亡保障の生命保険や医療保険(以下、生命保険等という)の契約遂行にあたり、生命保険会社は、将来の保険金、給付金等の支払のため、個々の契約ごとに保険料の中からあらかじめ計算された金額を積み立てて運用しています。これを責任準備金といいます。

人間の死亡率は高齢になるほど高くなり、疾病等で入院する確率も高齢になるほど高くなりますから、保険料を一定額とすれば、保険会社は、契約期間前半の若年時の保険料の一部を後半の高齢時の保険金や給付金支払のために蓄えておかなくてはなりません。これが責任準備金の存在する理由で、加齢とともに保険料を値上げしない限りは、生命保険等には本質的に貯蓄性が存在することになります。

従前から販売されている生命保険等では、保険契約者が契約を中途で解約した場合、保険会社は、責任準備金がある場合はそれを解約返戻金として全額(契約の初期の解約控除分を除く)保険契約者に返還します。

責任準備金は予定利率というあらかじめ決められた利回りで運用されることを前提に積み立てるべき金額が決められますので、保険料はこの予定利率にもとづいてあらかじめ割り引かれた金額に設定されます。すなわち、将来支払うと計算される保険金額・給付金額とその支払時期が同じとすれば、予定利率が高く設定されている契約ほど、保険料から責任準備金に拠出すべき金額は少なくてすみますので、相対的に保険料は安くなります。

ところが、10年以上続いている低金利の金融市場環境により、保険会社は高い予定利率を設定することできなくなり、割安な保険料を設定することが困難となってきました。そのような背景から、1998年頃から登場し始めた商品が「低解約返戻金型」の仕組みを取り入れて保険料を割安とする商品です。

「低解約返戻金型」の保険では、保険期間の全期間または一定期間、保険契約者が中途解約した場合、本来は保険契約者に払い戻すべき責任準備金の一部または全額を返還せず、そのまま他の契約者の責任準備金として運用を続ける仕組みとなっています。さらに、あらかじめ「予定解約率」という基礎率を設定し、解約時に返還しない責任準備金を原資としてあらかじめ割り引いた保険料を設定しています。

「低解約返戻金型」の仕組みを取り入れた場合、死亡保障の終身保険に関しては保険料払い込み期間中の責任準備金を30%程度削減、定期保険や医療保険では保険料を支払っている期間は責任準備金全額を返還しないという設定をしている商品が多いようです。

■ 「低解約返戻金型」の社会的疑問点
予定利率による保険料の割引は、保険料の一部を責任準備金として積立て、それを株、債券、不動産、一般貸付などを介して社会に再投資し、そのリターンを契約者に還元するものであり、そこには金融機関としての社会的貢献が存在します。

しかしながら、予定解約率による保険料割引の場合は、解約した契約者の責任準備金を他の契約者の責任準備金に充当することを割引原資としているため、保険料の再投資による経済発展という社会的貢献は存在しません。

現在、保険会社や商品によって定額保険の予定利率は0.5%程度の格差がみられます。たとえば、予定利率2%の一般の終身保険の保険料よりも、予定利率1.5%の低解約返戻金型の終身保険の保険料の方が予定解約率の寄与により仮に割安になったとしても、責任準備金再投資による社会貢献度は、低解約返戻金型の場合相対的に劣ると言えます。

生命保険会社は社会的相互扶助の機能を持つ一方、責任準備金等の積立金を社会に再投資するという金融機関としての一面を持っています。金融機関としての役割、使命が、責任準備金等を再投資し、その利潤を原資に保険契約者の保険料負担を軽減することとすれば、低解約返戻金型の採用による保険料の割引は本来の姿とはいえないでしょう。

低解約返戻金型の場合、見かけの保険料は割安でも、その代わりに低解約適用期間に解約した顧客が責任準備金の一部または全部を放棄することになるので、契約者全体で見ると、総合的支出負担は減ってはいません。社会全体で見れば、消費者に対して保険料等の負担を軽減する機能がないといえます。

低解約返戻金型の商品は、低解約が適用されている期間中の契約者の解約が増えれば増えるほど、保険会社の利益が増える仕組みとなります。すなわち、サービスの低下による顧客離れであっても、それが保険会社の利益拡大につながることになり、健全性を損なう危惧のある仕組みと言えます。


■ 個々の顧客から見た注意点
低解約返戻金型の保険に加入した場合は、言うまでも無く、低解約適用期間中の中途解約は不利です。将来、中途解約という選択がありうる事由としては、よくありそうな保険料の支払いが困難になるという、契約者の生活設計上の問題ばかりではありません。 例を以下にいくつか列挙します。

 ・ 保険会社の信頼性低下、サービスレベルの低下
 ・ 契約者・被保険者の海外赴任、海外移住
 ・ 社会保険制度の変更
 ・ 医療、介護環境の変化
 ・ 家族構成の変化
 ・ 別の魅力的な保険の登場

以上のような将来の不確定性を考えると、解約時の損失というリスクを負うことを最初の契約時に決めてしまうことは、長期契約の場合、少々冒険的といえます。終身保障の契約であれば、現在30歳の人は平均的に約50年、未就学児童なら約80年の契約期間があります。 今から80年前といえば太平洋戦争前ですから、80年後の人々の暮らしを見通すことには無理があって当然でしょう。

■ 「低解約返戻金型」の利点
医療保険で解約返戻金や死亡保険金がゼロの保険では、死亡保険金受取人の設定が不要なこと、また、保険会社にとっては、解約返戻金の金額を契約者に通知する必要がないこと、あるいは契約者がその金額を確認する必要が無いことなどより、保険がシンプルで単純化するという利点があります。

よって、比較的期間の短い定期保険のように、もともと保険料累計に対して責任準備金積立額が圧倒的に低い保険などは、解約時に少ない解約返戻金を返還するよりも、割り切って低解約返戻金型の仕組みを取り入れて解約返戻金をなくして単純化した方が、保険会社、保険契約者双方にメリットがあるかもしれません。

以上